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福岡高等裁判所 昭和42年(う)39号 判決 1968年3月26日

主文

原判決中被告人等の各有罪部分を破棄する。

本件公訴事実中住居侵入の点については、被告人等はいずれも無罪。

検察官の本件控訴を棄却する。

理由

<前略>

弁護人の控訴趣意(事実誤認及び法令違反)について。

よつて所論に鑑み原判決の当否を検討するに、原判決の証拠によれば原判示日本国有鉄道(以下国鉄と称する)久留米駅における国鉄労働組合の争議の経過の概要及び被告人等が原判示日時同駅東てこ扱所に立入つた事実(もつとも被告人山下の立入の時刻については後記のとおり)を認めることができる。

所論は本件における各被告人のそれぞれの東てこ扱所立入り行為の目的態様は正当な争議行為の一環をなす組合活動にあり正当な行為であるというにある。

そこで、まず、本件争議の背景なり経過について考察してみる必要があり、この点の概要は原判決にも認定されているとおりであるが、なお敷衍し詳細に観察することとする。

<証拠>によれば次の事実を認めることができる。

国鉄労働組合は昭和三七年二月初頃から国鉄に対し年度末手当として基準賃金の〇・五箇月分に三、〇〇〇円加算したものを要求して団体交渉を重ね、同年三月二六日国鉄当局は〇・四箇月分に一、〇〇〇円加算したものを最終案として提示し、同時に国鉄動力車労働組合、国鉄職能別労働組合連合、国鉄地方労働組合総連合の三組合に対しても同額の回答がなされた。ところで、右組合ではかねて妥結を急ぐ気配があつたので、国鉄労働組合はこのような情勢は国鉄がこれまでは、まず国鉄部内の最多数の組合員により結成されている国鉄労働組合と交渉妥結したうえで、他の組合に及ぶという従来の団体交渉の慣行に反し、団体交渉権を侵害するものとして国鉄当局の背信を追及した結果、国鉄当局は、ともかく従来の例に従うところまで折れたので翌二七日の団体交渉に期待したが、二七日午前四時頃から右三組合は右回答を受諾するに至つたため、国鉄労働組合は国鉄と団体交渉をすすめるとともに特別執行委員会を開いたうえ更に斗争を強化することとなり指令第二四号を発し、三月三〇日から翌三一日にかけて二時間程度の時限ストライキを決行するよう各機関に指令し、一方では社会党を通じて国会の調査を求めた。

かくて国鉄労働組合門司地方本部では右指令に基き、三月二八日指令第三六号を発して指定職場(西八幡駅―これは後に八幡駅に変更、及び久留米駅)において三月三一日勤務時間内二時間の職場集会を実施すること、そのため久留米駅に鳥栖支部などから一五〇名の動員並びに関係支部は部外からの動員参加を要請し共斗体制を整えることを指令し、門司地方本部書記長寺崎隆之を現地最高責任者と定めて斗争を実行することにした。

一方国鉄側は門司鉄道管理局長において同月二九日一般職員に対し右斗争に参加しないよう、警告を局報に掲載し、同月三〇日には国鉄労働組合門司地方本部に対し時限ストの中止を申し入れ、現地国鉄久留米駅においても三月二九日午前中に同駅駅長松下敬馬は東、西てこ扱所等に対し係員以外の者の入室を禁ずる旨の掲示をした。そして、門司鉄道管理局では同日及び翌三〇日にわたつて本件国鉄労働組合の斗争方針に対する対策を協議し列車の運行を確保するため久留米駅に鉄道公安職員約一〇〇名を配置して、場合によつては国鉄労働組合員のピケットを排除すること等斗争対策を決定した。

右決定に基き鳥栖公安室長藤田喜太雄以下一〇〇名の鉄道公安職員が久留米駅に派遣されて待機し、また久留米駅前「さわ荘」に門司鉄道管理局営業部長篠原治を本部長とする現地対策本部が設けられ、同月三〇日午後三時過頃から前記篠原営業部長外課長その他の局員及び松下駅長等出席して具体的対策を検討し右鉄道公安職員をもつて同日午後七時頃から久留米駅東、西てこ扱所、運転室に逆ピケットをはつて運転部門を確保することなど協議をしていた。

国鉄労働組合では政治的解決の動きもあり暁の妥結を期待して職場集会を同月三一日午前五時から二時間と予定していたが、右当局側の動きからみて鉄道公安職員による組合員の職場集会参加を妨害することが予想されたため、右斗争を実効あらしめるため、寺崎書記長は東、西てこ扱所を重点として関係詰所にピケットを配置することにし、特に鉄道公安職員による逆ピケと右翼団体による妨害を防ぐため早急に右措置をとるべき判断に達したので、職員集会の時間までに信号所における業務を阻害することのないよう配慮しながら三〇日午後六時頃から右ピケットを実施することに決定し、あらかじめ本部の指令を伝達周知せしめるとともに交渉の経過等説明させるため各職場にオルグを派遣することとし、東てこ扱所には長崎支部委員長由布武人等数名の役員等をオルグとして赴かせた。

同日午後六時前頃から動員された労働組合員は右各関係箇所にピケットの配置につき、木造二階建の東てこ扱所の二階信号所には二〇名ばかりが立入り、入口の扉の取手を針金で縛つて門司鉄道管理局人事課の現認関係担当者の立入りを拒んだあと、これを開いて同所に通ずる幅九〇センチメートルばかりの急勾配の木造階段に立ち並び、次第に組合員も増加し、四、五〇名が立錐の余地もない状態で階段にピケットをはつた。

右の状況となつたので藤田鉄道公安室長はとり急ぎ鉄道公安職員三一名(第一小隊)を東てこ扱所の警備につかせ退去勧告をさせる一方、駅長にもその旨報告したので、松下久留米駅長も直ちに国鉄労働組合久留米分会事務所に出向き、居合せた門司地方本部近藤教宣部長に対し東てこ扱所の組合員を退去させるよう申し入れ、更に二回にわた同駅中村主席助役を東てこ扱所に赴かせて携帯拡声機で組合員等に退去を要求したが、組合員等は退去しなかつた。

一方前記現地対策本部において東てこ扱所に立入つた組合員に対しては退去を要求し、応じないときは最終的には実力でこれを排除することを決定し、前記藤田公安室長に命じて退去を求める旨の警告書を東てこ扱所の組合員に交付させようとしたが受領を拒絶されたので、鉄道公安職員の実力による排除を命じた。そこで藤田鉄道公安室長は更に鉄道公安職員三〇名(第三小隊)を指揮して東てこ扱所に到着し、午後八時一〇分頃携帯拡声機で午後八時一五分までに退去するよう勧告し、これに応じないときは実力で排除する旨警告をくりかえした。

しかしピケットの組合員等は労働歌を高唱し退去する様子もみえなかつたので、藤田鉄道公安室長は右第一、第三小隊合計六一名に対し午後八時二〇分頃実力による排除を命じた。かくて鉄道公安職員等は階段昇り口に立つ組合員を排除し、なお腕を組んだり手すりにつかまつて坐りこんでいたピケットの組合員等の手をはずし、手足や身体着衣をとらえて引張り、あるいは身体を抱えあげてひき下し、中には力あまつて階段を引きずり下すなどして後方へ順送りに移動させて排除していつたが、これを二階信号所から見た被告人吉木は負傷者の出ることを案じ、水道があるのを見て、水なら鉄道公安職員にかけても傷を負わすことはないし、相手の実力行使の勢いを幾らか弱めることができると考え、被告人山下と共に同所に備え付けのバケツに水道の水をとつて階段附近でピケット排除中の鉄道公安職員に対し水を浴びせかけ、そのため鉄道公安職員のほとんどが着衣を濡した。

間もなく右の様子を見ていた宮崎茂佐賀県議等から藤田鉄道公安室長に対し実力行使中止の申入れがあり、同人も狭い木造急勾配の階段でのもみ合いは危険を伴うため、組合員が東てこ扱所を退去することを条件として自らの権限で鉄道公安職員の実力行使を中止させた。

右鉄道公安職員によるピケット排除がはじまるや、信号所内に入つていた組合員等は紛糾にまきこまれては危険であるとして同所に勤務中の合図掛西依甚市、転轍掛合原彦次、見張掛佐藤義雄を同所奥の休憩室に押し入れ、入口前に長椅子を並べて三、四〇分間外に出られないようにした。そのため、これまで正常な業務の運営により列車の運行に支障はなかつたのであるが、午後八時二五分頃から同信号所と運転室との連絡がとだえ、同駅の下り久大線日田行九三七列車及び上り九六八列車は場内信号機外で停車し、同日午後九時前組合員と対策本部との協議の結果ようやく列車の運行が始つたが、右九三七列車は四三分、九六八列車は五〇分の遅延を生じた。

翌三一日午前〇時三〇分頃東てこ扱所の組合員を退去させるべく松下久留米駅長は中村主席助役をして寺崎書記長に対し退去申入書を手交したが効がなかつたので、列車運行の被害を最小限度にとめるため、同日午前〇時五五分頃からポイントの鎖錠をはじめ、午前一時三〇分本線関係は作業を終えた。(なお附属作業は午前三時頃までかかつた)そして対策本部でも完全排除を決定し、同日午前一時四〇分頃藤田鉄道公安室長に対し午前二時頃からこれが実施を命じたので、同人はその準備のため、その時刻頃二回にわたり東てこ扱所のピケット組合員等に対し退去勧告を行ない、松下久留米駅長も中村主席助役を派遣して寺崎書記長に対し組合員を東てこ扱所から午前二時一〇分までに退去させるよう要求し、応じないときは実力でこれを排除する旨の申入書を手交させたが、東てこ扱所から組合員は退去しなかつた。

かくて同日午前二時二〇分藤田鉄道公安職員の指揮する上記六一名の鉄道公安職員は前回同様の手段方法で階段のピケットを排除しはじめ、その際被告人吉木、同牛嶋は他の組合員とともにバケツで水を鉄道公安職員に浴びせかけ、その中には石炭殻や異臭のある汚水を混えたものもあり、右鉄道公安職員等はほとんど前同様着衣を濡した。この間二階信号所内の組合員は二階出入口の扉などを閉し内側から釘付けにして鉄道公安職員の立入りができないようにしたことと、これを破壊してもなお組合員を排除すべきかについて藤田鉄道公安室長からの情況報告と指示を求めたことに対し、対策本部がその執行を一時中止するよう指図したため、室内の組合員を排除するまでには至らなかつたが、ともかく午前二時五〇分頃には階段のピケットはすべて排除を終えた。このときの鉄道公安職員の実力行使は前回にもまして強力であり組合員の中に打撲傷等の負傷者が二、三にとどまらなかつた。

鉄道公安職員は後命を待つて待機していたが、間もなく午前四時頃を期して閉鎖を破壊して室内のピケットを排除するよう対策本部の指令があり藤田鉄道公安室長はその準備をしていたところ、同日午前四時一五分頃東てこ扱所前に一団の組合員が集合し同所二階信号所内に残留していた組合員を二階横窓から脱出させて引揚げ、このとき勤務者の西依甚市外二名も同時に国鉄労働組合久留米分会事務所まで連れ出されたが、中央交渉の妥結により斗争中止指令が発せられ同日午後五時四五分頃職場に復帰した。

以上が斗争の経過等であるが、上記証拠により認められるこの間の被告人等の行動は次に示すとおりである。

被告人山下は門司地方本部長崎支部長崎分会執行委員長であつて同支部の指示に基き昭和三七年三月三〇日午後三時頃久留米駅構内の久留米分会事務所において寺崎書記長から東てこ扱所にオルグに行くよう指示を受け同日午後四時頃(原審は午後六時頃と認定し……<中略>……に照らすときは必ずしも正確とは認められず、むしろ午後四時頃と認定するを相当とする。)所内勤務者たる組合員に対し右職員集会に参加を勧誘、説得しこれを確保する目的をもつて、東てこ扱所二階信号所に到り勤務者に対し情勢の説明などして時を過すうち、前記午後八時二〇分頃鉄道公安職員による実力行使となり以後翌三一日午後四時一五分頃同所を退出するまでの行動は特に同被告人を明示してさきに説示したとおりである。

次に被告人吉木は門司地方本部長崎支部肥前山口分会執行委員長であつて、同支部から右分会の組合員を動員して久留米駅における斗争に参加するよう指令を受け右三月三〇日午後六時三〇分頃久米駅に到着し、久留米分会事務所において門司地方本部指導部員の指示に基き東てこ扱所の二階上り口階段に二〇名位の組合員とともにピケットの配置についたが、午後八時頃鉄道公安職員による実力行使が予測されたので、ピケット組合員等の時計など小物及び着替えた服などをまとめ二階信号所内に入り、そのまま成り行きをみていたところ、間もなく上記の如く鉄道公安職員の実力行使がはじまつたので、以後翌三一日午前四時一五分頃同室を退出するまで留つており、その間の具体的行動は前記同被告人を明示して説示したとおりである。

更に被告人牛嶋は門司地方本部執行委員であつて、本件斗争の現地指導者としてピケットの配置、具体的斗争の指導を行なつていたものであるが、右三〇日午後八時前、久留米分会事務所に赴いたところ、鉄道公安職員の実力行使があるというので、当局側に中止を申し入れたが容れられなかつたところから東てこ扱所に行き実力行使中の鉄道公安職員に中止を呼びかけ、上記のようにともかく一応は中止されたので、警備の警察官に対し不当介入のないよう申入れると共に右翼団体に対する警戒を要求するなどした外現地対策本部に対して鉄道公安職員による実力行使について抗議し、爾後かかる実力行使のないよう要求した。しかし対策本部からは午前一時過ぎ列車の運行に支障のない時間に鉄道公安職員による実力行使を行なう旨の通告があり、事態収拾についての解決をえないまま分会事務室に引きとり、組合員等に対し右の経過を説明し斗争をより効果あらしめるためピケットの強化をはかり対抗する方針を固めた。そして右翼団体からの面会要求をかわして三一日午前〇時頃、東てこ扱所に赴きピケットの配置などについて指導し、二階信号所に立ち入り内にいた組合員等に三・四〇分間情勢を説明したあと外に出て市議団などと雑談していたが、同日午前一時過頃寺崎書記長から当局側との協議の結果について説明があり、鉄道公安職員による実力行使の通告があつたところからピケットの強化をはかるため、同被告人は各員を指導して東てこ扱所の階段に坐りこませ、自らは階段上部に位置して鉄道公安職員の出方を見守つていた。そして前記のように鉄道公安職員によるピケットの排除がはじまるや、同被告人は全体の掌握のため信号所内に入つた。しかしその実力行使は狭い階段で行なわれて極めて危険な状態であつたので鉄道公安職員に対し大声でこれを制止していたが、なおも続けられるのでこれを制止するため、前記のように、これに水を浴びせ、鉄道公安職員による階段部分のピケット排除後も同室にあり午前四時一五分頃退出したものである。

右のような争議の背景なり経過に鑑み被告人等の前記各信号所への立入り行為を検討すると、それはいずれも国鉄労働組合の年度末手当要求のための争議に際し、同組合員としてオルグ、ピケット又はこれを指導のため若しくはこれに附随した必要な用務をもつてしたことであるから、労働運動としての行為であり、これを一概に違法な行為であるというをえない。

もとより公共企業体等労働関係法第一七条は国鉄職員及びその組合が同盟罷業等業務の正常な運営を阻害する一切の行為をなすことを禁じており、本件争議は久留米駅を拠点として二時間程度の時限ストでその間職場集会を開くというのであつて、これに対する補助手段としてその実効性を確保するため同駅東てこ扱所にピケットが配置されたものであるから右禁止条項に触れるものであるが、同条違反の争議行為であつても、法制の沿革、同法第三条が刑事免責に関する労働組合法第一条第二項の適用を排除していないことなどにより、うかがえる憲法第二八条に基く基本的な法の規制態度に鑑みるときは、そのことだけで争議行為が犯罪とされるのではなく、争議行為を労働組合法第一条第一項の目的を達成するためのものであつて、それが政治目的のために行なわれたとか暴行を伴なう場合とか社会通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合のような不当性を伴わない限りそれは刑事制裁の対象とはならないと解すべきである。ところで本件争議は国鉄に背信行為、労働基本権侵害があるとして争議方法が強化されたが基本的には、なお年度末手当要求という経済的理由に出たものであることは上記のとおりであり、政治目的のため行なわれたことを認むべき証拠はなく、またピケットの立入り行為についても前記のとおりで勤務員から格別差しとめられるとか、強暴な手段方法を用いてはおらず、当初一時的に二階信号所の扉の取手を針金で縛つて容易に扉が開けられぬようにしたとしても間もなく開放されているのであつて、ただ前示の如く勤務員を休憩室に押し入れるとか、信号所入口の扉を釘付けにするなどの行為や鉄道公安職員に対し水を浴びせかけるが如き行為が認められるけれども、これはいずれも後記検察官の控訴趣意について判断しているとおり、鉄道公安職員のいわれなき実力行使を契機としてはじめてとられたもので鉄道公安職員の実力行使等の行動がなかつたならば組合側もかかる行為に出ることはなかつたであろうと認められるのであり、このような鉄道公安職員の実力行使等に対抗し、これを制止せんとするものであつて、その手段方法程度において鉄道公安職員の組合員に加えた実力行使のもつ意義及びその行使の態様、程度と比較衡量するときは一義的に右組合員の行為を目して暴力の行使と評価することは差しひかえるべきであり、団結権擁護のためにする行為として必ずしも違法というをえない。

およそ企業施設の管理権を含む経営権と企業内労働組合の団体行動権とは本来互に対立し、相互に抵抗を受ける関係にあつて、両者が共に尊重され維持されるためには必然的に公共の福祉の確保という見地から双方が調和されねばならない。貨客の輸送を業務とする国鉄の停車場における管理者たる者は、駅の業務を正常に運営し、貨客を安全、迅速、正確に輸送するために、列車の正常な運行を確保することが要請され、これが社会公共のために果す役割を極めて大きく、ひとたび列車の正常な運行が阻害されるときは、公共の福祉は確保されないこととなる。他方労働組合の団体行動権は憲法上保障された基本的な権利であるから、これに対する経営権による制約は公共の福祉の確保のため妥当視される場合にのみ許されるものと解すべきである。

ところで本件てこ扱所信号所は列車運行の中枢であり信号転轍など重要な機器を取り扱うのであるから勤務員に対しては確実厳正な作業が要求され、正当な用務を持たない部外者などの立入りによつてその正常な運営が阻害されるときは列車の運転に重大な支障を来すおそれがあり、列車事故の危険があることは一般抽象的には認められるところであつて、関係者以外の立入りが禁止されるべきは当然であり、駅当局がしきりに退去を要求するのも列車運行上万一の危険をおもんばかつてのことと理解できる。けれども前に説示したように本件ピケットあるいはオルグ活動等は平穏に行なわれていたことは明らかであり、しかも労働基本権はなお保護さるべく、企業内組合としての国鉄労働組合の性格や労働運動の現況においてはこのような場所への立入り等を右のような一般的抽象的危険の故をもつて制限することは必ずしも労働基本権の保障に十分であるとはいえないのであつて、てこ扱所信号所での列車運行の確保の重要な職務の遂行に直接支障を来し、具体的危険の発生切迫を招くことにならない程度において、必要な範囲での労働運動であれば組合目的を達成するためになされた正当な行為としてこれを認めざるをえない。

いうまでもなく、たとえ労働組合員の組合活動としてであつても多人数でかかるてこ扱所信号所に強暴な手段方法を用いて室内勤務員の業務の遂行に支障を及ぼすような行動に出ることを企図して立入るものであるならば、公共の福祉を害する具体的危険があることは明白であつて、その立入りは違法性を具備するに至ることは多言を要しないであろう。しかしながら本件においては組合側のピケットによつて一時的には東てこ扱所と運転室との連絡がとだえ、列車が二本信号機外に停車したことがあつたにしても、それは上記の如く第一義的には鉄道公安職員の実力行使がその因をなしているのであり、しかも一時間もたたぬうちに列車の運行は開始されている状況であるから、てこ扱所内外のピケットによつて現実に列車運行に支障を来し、具体的危険の発生切迫の事態を招いたとは認められず特に久留米駅長は三一日午前五五分からポイントの鎖錠をしており、このような措置は、これまた争議中における列車の運行に危険の及ぶことをおそれての安全確保の方法としてなされたものとして肯けないことはないが、組合側としては職場集会の時刻まで勤務員の正常な勤務を保障して国鉄業務の正常な運営を阻害しないよう留意したうえでの本件オルグ等派遣、ピケット配置であり、現にピケット等のため信号所の機能にいささかの支障があつたとは認められず、かえつて駅当局自ら構内のポイントを鎖錠することによつて東てこ扱所の機能を停止させ、列車の安全運転を確保しているのであるから、特にてこ扱所内の信号転轍関係の重要な機器設備を破損するおそれのある状況も認められない本件において、東てこ扱所内外に多数の組合員が立ち廻ることがあつても列車の運行に重大な影響は起りえないと認められる。

もつとも原審第六回公判調書中証人松下敬馬の供述記載によると、三一日午前四時過ぎ東てこ扱所の勤務員が職場を去つたために、これが復帰した同日午前五時四五分まで代替要員を同所に入れ、西てこ扱所においては勤務員が争議に参加し職場を去つたのでこれが復帰した同日午前六時四五分まで他の勤務員を勤務させ、また操車場の掛詰所勤務の八名が同日午前六時四五分まで争議に参加した状況となり、その間列車の接続がなくなり黒木まで乗客を送り届けるとか、鳥栖久留米間一往復の列車を運転休止としたほか、列車の遅延が上記国鉄当局側の実力行使の結果生じたと認められる上下二本の列車の遅延を含めて六〇〇分に達したことがうかがえる。しかし、未だこの程度では国民生活に重大な障害をもたらした程のものとは認められず争議行為として二時間程度の職場放棄をして職場集会を開いたことが不当性をもつものとは認めがたく、当局側のストライキ対策に対抗し本件東てこ扱所にピケットが配置されるにあたり、あるいはその一員となり、あるいはこれをより効果あらしめるためにオルグ等指導その他これに附随した必要性と必然性の故に右てこ扱所信号所に立入つた被告人等の行為が不当性をもつものではないことは明らかであり、駅務それ自体を積極的不法に妨害することのない態度をも勘案するときは、東てこ扱所を組合側がその内外のピケットによつて完全に支配占拠として久留米駅長の管理権を排除していたものとは認めることはできない。

以上のとおりであるから本件国鉄労働組合の争議の中における被告人等の久留米駅東てこ扱所信号所への立入り行為が刑事制裁をもつて臨むに足りる程度にまで達していたものとは到底認められないのである。

すると、原審が国鉄労働組合によつて東てこ扱所が占拠され久留米駅長の右職場に対する管理権は完全に排除されていたと認定しこのような事態の下で被告人等は多数の占拠者の一員として東てこ扱所に立入つたものとして、その所為が住居侵入罪に該当するとしたのは、証拠の取捨価値判断を誤つて事実を誤認しまた法令の解釈適用を誤つたものというべきであつて、これらの誤はいずれも判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決中被告人等の有罪部分は破棄を免れない。論旨は理由がある。

検察官の控訴趣意第一、二点(事実誤認及び法令適用の誤)について。

本件公訴事実第二の「久留米駅東てこ扱所に対する国鉄労組員の侵入占拠によつて列車の正常な運転が阻害されるおそれがあつたので、鉄道業務並びに施設について警備の任務を有する鉄道公安職員藤田喜太雄外約六〇名が昭和三七年三月三〇日午後八時二〇分頃から約七分間及び翌三一日午前二時二〇分頃から約三五分間の二回にわたり同所入口階段附近に侵入していた国鉄労組員を退去させるに際し、これを妨げる目的をもつて

(一)  被告人吉木定、同山下森市は他の国鉄労組員数名と共謀の上同月三〇日午後八時二二分頃から約五分間同所において、前記職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し数十回にわたり水を浴びせかけ

(二)  被告人吉木定、同牛嶋辰良は他の国鉄労組員数名と共謀の上同月三一日午前二時二〇分頃から約三〇分間同所において、前記職務執行中の鉄道公安職員約六〇名に対し数十回にわたり水を浴びせかけ

もつて公務員の職務を執行するにあたり、これに対して暴行を加えたものである」との訴因について、原審は当時の鉄道公安職員基本規程は鉄道公安職員の本件ピケット排除のため実力行使の根拠とならず、またその排除行為は鉄道営業法第四二条第一項により認められた限度を超えた著しく強度の実力行使であつて違法であるからこれに対し被告人等において公訴事実のとおり水を浴びせかけたことは認められるとしても公務執行妨害罪は成立しないとして無罪の言渡をしたのである。所論は原審が鉄道公安職員の実力行使の程度についての事実を誤認し、また、鉄道営業法四二条第一項及び当時の鉄道公安職員基本規程第三条、第五条の規定により認められる鉄道公安職員の実力行使の限度についての解釈を誤つたものであるとし本件国鉄労働組合の斗争及び抵抗の態様態度に照らし鉄道公安職員のとつた実力行使は緊急必要性があつたものでその手段方法も適切妥当な程度にとどまつたものであつて適法な職務行為であるから、被告人等がこれに対し水を浴びせかける行為は、まさに公務執行妨害罪に該当するというにある。

そこで検討するに、もとより鉄道公安職員は鉄道公安職員の職務に関する法律第一条により明らかなとおり国鉄施設内において公安維持の職務を掌る役職員であり、当時の鉄道公安職員基本規程(昭和二四年国鉄総裁達第四六六号)に基き国鉄の施設及び車両の特殊警備、旅客公衆の秩序維持、運輸に係る不正行為、荷物事故の防止及び調査、その他犯罪の防止の職務を行ない、特に国鉄の防護の任にあることを自覚して常に鉄道財産の安全及び鉄道業務の円滑な遂行のために全力を尽し、これを侵害するものを進んで排除することに努めなければならないのであつて(右基本規程第三条、第五条)、停車場その他鉄道地内にみだりに立入つた者を鉄道地外に退去せしめることをうるものである(鉄道営業法第四二条第一項第三号、第三七条)。

しかしながら、鉄道公安職員はその職務に関する各法令並びに鉄道公安職員基本規程により、国鉄の施設及び車両内における秩序維持並びに貨客の安全且つ円滑な輸送業務等に関連する前述のごとき警備的任務遂行に伴つてある程度の物理的有形力の行使をなし得ることは否めないが、後に説示するように警察官職務執行法のごとき法令上の根拠を有しないところからして、警察官の職務執行の場合とはその発動の根拠、手段、態様等の点で看過できない差異があり、これと同一に論ずることはできず、特段の緊急、非常の事態の発生した場合でないときにおいては、その物理的有形力の行使には一定の限度があり、警察官のそれよりはるかに軽度のものと解すべきである。ところで本件において、その争議の経過はさきに示したとおりであつて本件争議が労働者の基本権の行使であり、よりよく争議を効果あらしめるために東てこ扱所にピケットが配置されたこともこれを違法不当視しえない事情にあつて、ピケットによつて国鉄業務に重大な障害を及ぼすとしてこれを排除しなければならないとする緊急必要性がある状況も認められず、また、国鉄当局側において右てこ扱所に立入らねばならない正当な事由と必要性があるにもかかわらず、これが妨害されるような特別の事情もなかつたのであるから、右ピケットの組合員等は国鉄の施設や業務を不法に侵害するものではなく、またみだりに鉄道地内に立入つたものというをえないので、鉄道公安職員は上記各規定または法規による職務を行ない得る場合に該当する状況下にはなかつたので、たとえ前記各法条に基く職務の執行としても右ピケットの組合員等に対しこれを強制力を用いて鉄道地外に退去させ排除することはできなかつたものといわねばならない。

右に説示したように、本件鉄道公安職員の実力行使は、もともと許容性を具有する場合とは認め難いばかりでなく、その具体的実力行使の態様について考察しても、さきに認定したとおり鉄道公安職員は腕を組んだり、手すりにつかまつて階段に坐りこんでいた組合員等の手をはずし、手足や身体着衣をとらえて引張り、あるいは身体を抱えあげてひきおろし、中には力あまつて階段を引ずりおろすなどしてこれを排除したもので、狭い木造の急勾配の危険な階段に殺到しもみ合つたため藤田鉄道公安室長自身もその危険性を認めて組合側の申入れで条件付ではあるが自らの権限で実力行使を中止しており、第二回目の実力行使は完全排除が厳命されていたところもあつて、かなり強度に行なわれ組合員側の打撲傷等の負傷者が二、三にとどまらなかつたのであつて、これは上記職務を有する鉄道公安職員に許される物理的有形力の行使としてもその限度を超えたものであると認められる。

なぜかなら、所論によれば鉄道公安職員基本規程は日本国有鉄道法第三二条第一項に根拠をもつものであるから鉄道公安職員の警備も一応法的な根拠を有することとなり執行の具体的手段について別段の法律の規定をまたないでも社会的に許される限度においては実力行使が本来許されるものと解すべきであるとする。しかし、右基本規程は国鉄企業内における秩序維持にあたる鉄道公安職員の職務権限を定めたものであるにすぎず、国鉄職員である以上鉄道公安職員は誠実にこれを遵守すべきであり、日本国有鉄道法第三二条第一項はまさにこのことを規定しているにとどまるのであつて、企業警備のために積極的に国鉄職員に対し即時強制の権限を与えている規定とは解されない。それ故日本国有鉄道法第三二条第一項と鉄道公安職員基本規定を結びつけて直ちに法律上鉄道公安職員に対し即時強制力が認められているとする根拠とはなし得ないからである。そして国鉄業務の公共性を強調し、いわば国家権力の防衛としてこれを認めようとする所論は正当防衛、緊急避難等法律の認める枠内においてならいざしらず、国家権力の防衛のため一企業体の内規によつて人身の自由を侵害するが如きことの許されないことはまさに憲法第三一条の規定するところであつて、到底鉄道公安職員の実力行使を正当化しうる根拠とはなりえない。また鉄道公安職員は鉄道公安職員の職務に関する法律第一条により国鉄の列車停車場その他輸送に直接必要な鉄道施設内における犯罪、国鉄の運輸業務に対する犯罪について捜査権が与えられ、刑事訴訟法の規定する司法警察職員の捜査に関する規程が準用されるけれども、制度の目的からしてその権限は当然に限定的であり、かつ鉄道公安職員の職務に関する法律には警察官職務執行法第二条、第五条の如き規定は存せず、その他これらの規定を準用すべき法律の規定は見当らず、更に鉄道公安職員基本規程第五条の立言の仕方もこれ(警察官職務執行法)と全く異るのであるから、同規定の趣旨と鉄道公安職員が司法警察権を有することと合せ検討しても、国鉄の施設及び業務遂行に対する侵害に対し、鉄道公安職員が警察官と同様の実力の行使を行ないうるものということはできない。(原審が右基本規程をもつて憲法第三一条にいう「法律」にあたらないとして鉄道公安職員は右基本規程を根拠に実力を行使することはできないとしたのはまことに相当であるといわねばならない。)

もとより法益に対する不法侵害行為に対してはこれを阻止排除する権利を一般的には認めざるをえないが、ただその阻止排除の方法及び程度は憲法以下法律全体によつて形成さていれる公の秩序をみださない範囲にとどむべきであることは論をまたない。そして鉄道営業法第三七条はみだりに鉄道地内に立入つた者に対し刑罰を科しているばかりでなく、同法第四二条第一項第三号は鉄道係員は旅客公衆が右第三七条の罪を犯したときはこれを鉄道地外に退去させることができる旨を規定して、鉄道公安維持のためには鉄道係員に不法侵入者を退去させる権限を与えているのである。それでこの規定は退去の手続を定めていないとしても、その趣旨からみて必ずしも物理的有形力を用いることを絶対的に禁じているとは解しえられないのであるから、鉄道係員たる鉄道公安職員が鉄道営業法第四二条第一項の規定によつて、みだりに鉄道地内に立入つた者を退去させるにあたつて、全く物理的有形力を用いることができないと解することはできない。ただ右物理的有形力を用いるについてはおのづからその方法程度について制約があることを承認しなければならない。本来鉄道公安職員は公共企業体の国鉄部内において、公安の維持にあたる職員であつて、国民一般の生命、身体、財産の保護に任じ犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締り、その他公共の安全と秩序の維持にあたる警察官とは、その資格及び権限において大いに異るものがあるのである。それで鉄道公安の維持も基本的にはこれら警察官の責務であつて、ただ鉄道という特殊の部面においては、その道に精通している鉄道公安職員に当面の一応の公安維持の職責を認めているにすぎず、しかも、その公安維持の職務は鉄道公安職員の職務に関する法律その他の法律によつて与えられている権限ではなく、あくまで企業内において国鉄総裁達という内部規程によつて職務権限が定められているにすぎないものであつて、司法警察権でさえ、極めて限定された範囲において与えられているにすぎないのである。かくのごとく国鉄という企業体内で企業施設その他の保安警察的行動が認められるといつてもそれは公共性の極めて強い私企業の本質をもつ国鉄自体が第一義的に自己の企業を防護するために自己の企業内に限つて行なうことが認められるだけであるから、国民の自由就中身体の自由を奪うが如き積極的物理的力の行使は、いかに公共性の強い国鉄においてでも公安維持のために許されると解することはできない。

おもうに警察官においてもいわゆる行政警察権の行使にあたり遵守すべき必要な手段、程度は警察官職務執行法に明示されているのであつて、同法に示された程度の公共の治安をみだす場合に限つて右必要な手段の行使が許されるのである。これと前記鉄道営業法に示されている公安維持のために国鉄係員にその対応措置が許される場合とかその対応措置の程度とかを比べてみると、はるかに鉄道営業法の場合がゆるやかであつて、警察官職務執行法において警察権発動が許される場合とは比較にならない。例えば警察官職務執行法に示されている警察官が職務を行なうにあたつて同法所定の必要な手段をとることができる場合は人の生命、身体に危険が及び、または財産に重大な損害を受けるおそれがあつて緊急を要する場合に限られていること(同法第三条ないし第七条)に比して、鉄道営業法第四二条第一項により旅客公衆を鉄道地外に退去させることができる場合として示されているものは、有効な乗車券を所持せず、または検査を拒んで運賃の支払いを肯じないときとか、列車中旅客の乗用に供しない箇所に乗つて鉄道係員の制止を肯じないとき、またはその制止を肯じないで吸煙禁止の場所車内で吸煙したり、婦人のために設けられた待合室及び車室に男子がみだりに立入つたとき、あるいは鉄道係員の許諾を受けないで車内停車場その他鉄道地内において旅客公衆に寄附を請うなどしたときや、みだりに鉄道地内に立入つたとき、その他車内における秩序をみだる所為があつたときであり、いずれも極めて軽微な秩序違反に限られているのであつて、もともと行政警察上の即時強制を認めねばならないような場合ではないのである。もつとも右秩序違反といつても鉄道営業法は刑罰を科するものが多く、従つて警察官職務執行法の場合のように未だ犯罪や緊急事態が発生していない場合とはその程度において異ると一応はいえる。けれども、右鉄道営業法上の犯罪といつても、いずれも刑事訴訟法第二一七条により住居若しくは氏名が不明であるとき、または逃走するおそれがある場合に限つて現行犯として逮捕できる罪であつて、まず通常の場合には現行犯として逮捕すること即ち身体を拘束する強制力を用いることさえできないものであり、これにひきかえ警察官職務執行法上の措置がとりうるのは重大な法益侵害の緊迫性があつて、放置を許されない事態にある場合であるから、鉄道営業法が刑罰をもつて臨むとはいえ、警察官職務執行法の規定する場合に比して軽微な場合について、なお右秩序違反の罪の方が重大であり即時強制を認むべきであるとなすことは合理性を欠くものといわねばならない。また、鉄道公安職員の職務に関する法律第八条によれば、鉄道公安職員はその職務を行なうに当り、武器を使用することが許されているので、本件のような警備活動においても武器の使用ができると解され、従つてその職務遂行に強制力を認むべきであるかの如くである。けれども同条が武器使用の条件として定めるところは、特に自己または他人の生命または身体の保護のためやむをえない必要があると認める相当の理由がある場合において、その事態に応じ合理的に必要であると判断される限度において武器の使用ができるとするのであつて、財産保護のためには許されず、人の生命身体の保護の場合に限つて正当防衛、緊急避難など正当行為として許される限度にとどむべきであるとしているのであるから武器の使用が許されるからといつて、そのことから直ちに鉄道公安職員に強制力を認むべき根拠とはなりがたい。のみならず、当の鉄道公安職員基本規程自体がその第五条において鉄道財産の安全及び鉄道業務の円滑な遂行を侵害するものを進んで排除することに努めなければならないと規定しながら、第一一条には……不法行為者に列車外または鉄道地外への退去を求める……等不法行為の鎮圧または発生防止に必要な処置をとらなければならないと規定しているにとどまり、退去させるについては要求のみをかかげて積極的に物理的有形力を行使して退去を強制すべき旨を鉄道公安職員に命じてはいないのである。

右のように鉄道公安職員の性格、鉄道営業法の律意を考察するときは、鉄道公安職員が鉄道公安維持のため不法行為者を退去させる場合、物理的有形力を全く行使することはできないと解することはできないにしても、その行使にあたつては、不法行為者にまず口頭で退去を要求し、これに応じないときに、はじめて必要に応じて物理的有形力を用いることができるが、それとても強制にわたらない限度において行使すべきであると解せざるをえない。いうまでもなく、不法行為者が鉄道公安職員の制止や要求に応ぜず、これを放置するときは鉄道の施設及び業務その他人の生命、身体、財産に対し危害が切迫するのであるならば、必要に応じて警察官職務執行法に基く警察官の措置を求めるべきであり、またその余裕がないような場合には正当防衛、緊急避難など法律上許された範囲において実力を行使することができる場合があるのは勿論である。しかし叙上の緊急の必要がない場合に、いいかえると司法警察権の行使としてではなく、あくまで企業内警備という限りにおいては、一般的には上記説示した程度以上に実力を行使して退去の強制にかかることは鉄道公安職員の公安維持の職務権限には属さないと解すべきである。

もつともこのように解するときは鉄道営業法第四二条第一項による退去が実効を収めえない場合を生じ、同項の「退去せしむることを得」という文言と必ずしも合致しない解釈となるようであるが、ことは憲法第三一条の規定の存在を十分に考慮すべき必要がある事柄に属することは論をまたず、上記のように解釈してこそようやく右鉄道営業法第四二条第一項の合憲性が認められるのである。

それゆえ、鉄道公安職員が本件東てこ扱所のピケット排除の際行使した実力の程度は、右に許された物理的有形力の行使の限度を超えるものであることは明白であつて、公務の執行とみた場合においてもそれは到底許されないものであつたと認めざるをえない。

次に被告人等の鉄道公安職員に対する水を浴びせかけた行為についてみるに、以上の如く鉄道公安職員によるピケット排除行為は、それ自体が許されず、またその具体的排除行為も本来許された限度を超えた違法な実力行使であつて適法な職務行為とは認められないことと照し合せて検討すると、右は公務員たる鉄道公安職員の適法な職務を執行するにあたり行なわれたものではないこととなり、またこのような労働運動の場において鉄道公安職員によるいわれなき不当な実力行使によつて労働運動を抑止される状況において、これを制止すべくしてなした右のごとき被告人等の行為については、両者の行為の目的、態様、程度など比較衡量するときは、これを直ちに鉄道公安職員に対する暴行と評価することは差しひかえるのが相当である。

すると、いずれの点からみても被告人等の右所為については公務執行妨害罪は成立せず、またその他暴行に関する罪も成立する余地はないのであるから、原審が被告人等の右所為を無罪としたことは結局相当であり、記録を精査しても原判決には所論の如き事実誤認法令解釈適用の誤は存しないので、論旨は理由がない。

そして、弁護人の控訴趣意は前記のとおり理由があり原判決中有罪部分は破棄を免れないので、、検察官のこの部分に対する控訴趣意(量刑不当)については判断をするまでもなく、刑事訴訟法第三九七条第一項により原判決中有罪部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、更に判決をすることとし、同法第三九六条に則り検察官の本件控訴は全部棄却することとする。

本件公訴事実中「被告人牛嶋辰良は国鉄労働組合門司地方本部の業調部員、同吉木定は同本部長崎支部肥前山口分会の執行委員長、同山下森市は同本部長崎支部長崎分会の執行委員長として国鉄労働組合の年度末の業績手当等要求斗争の一環として昭和三七年三月三〇日、三一日の両日国鉄久留米駅構内において行なわれた、いわゆる拠点斗争に参加していたものであるが、列車の正常な運行を阻害する目的をもつて国鉄労働組合員数十名が国鉄久留米駅長松下敬馬の管理にかかる国鉄久留米駅東てこ扱所に侵入して同月三〇日午後六時頃より、同月三一日午前四時三〇分頃まで、これを占拠するに際し

(一) 被告人山下森市は同月三〇日午後七時過頃同所に侵入し

(二) 被告人吉木定は同日同時刻頃前同所に侵入し

(三)  被告人牛嶋辰良は同月三一日午後〇時頃同所に侵入し

もつて、いずれも人の看守する建造物に故なく侵入し」た点については、弁護人の控訴趣意について判断したところと同一理由によつて罪とならないものと認める刑事訴訟法第三三六条に則り被告人等に対しいずれも無罪の言渡をする。よつて主文のとおり判決する。(岡林次郎 山本茂 生田謙二)

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